最初に言っておく。この記事では主に女性を笑わせることを目的としている。
なぜならオレが女の子モテるにモテることしか考えていないからだ
文句あるか?
そして、この本で目指す笑いとは「楽しさ」ではなく、「面白さ」からくる笑いである。
ここちょっと重要なので明確に区別しておきたいと思う。
笑いというのは1つではない。
- 人に対する笑い→お笑い
- 物、空間、雰囲気に対する笑い→エンターテインメント
- 自分の中での笑い→ツボ、思い出し笑い
状況で分けるとしたらこんな感じだろうか。
この本で目指すのはもちろん1番(おもしろさ)になるわけだが、ここでは、1番(おもしろさ)と2番(楽しさ)の違いについて軽く触れておく。
1番と2番で最も違う点は、意思を持った相手(人間)に対して笑いを向けるかどうかという点だ。
ここのところはまた後で詳しく触れるが、まあ、1番については漫才を、2番については陽キャのカラオケを想像してもらえればよいと思う。
まあともかく、私がこの本で伝えていくのは「面白さ」を作り出す方法であり、宇多田ヒカルの「First Love」をきれいな声で歌い上げる方法ではないことを理解して先に進んでもらえれば大丈夫だ。
それでは行こう。
イケメンはおもしろくない
これは完全に私の偏見なのだが、イケメンというのは総じて面白くない。
少なくとも私が出会ってきたイケメンの中には本当にギャグセンスがあって面白い人はいない。
繰り返しになるが、ここで言う面白さとは場を盛り上げる陽キャ感、とか、トークスキルとかそういうものではない。
そういうものを持っているイケメンは多いだろう。
だが、冒頭でいったようにこの記事では面白さの向上を目指す。
単純におもしろ笑い、爆笑を起こせるような人がイケメンの中にはいない、ということだ。
これはつまり、自分の主戦場を「お笑い」すれば、フツメンはイケメンと対立することがほぼほぼないことを意味している。
完全な勝ち確である。
そして、ここを目指そうぜというのがこの記事のメインテーマなのだが…
しかしなぜだ。
不思議ではないだろうか。
イケメンで面白ければ最高ではないか。
なぜそこを目指す人はいないのか。
もしくはそこにたどり着ける人がいないのか。
もちろん、芸能人を見れば面白くてイケメン、という人もちらほらいる。
平野紫躍、チュートリアル徳井、山田孝之などがその部類に入るだろう。
しかし、君も知っての通り、芸能界とはごく限られた特殊な人の集まりである。
現実を見渡せばイケメンかつ面白いという人間はほとんどいないだろう。
というか、お笑い芸人を見ても、イケメンじゃない人のほうが圧倒的に多い。
なんかある。
なんらかの理由があるはずだ。
なぜイケメンは面白くないのか
ではなぜイケメンは面白くないのか
私が第1に考えたのはイケメンの怠慢という説である。
つまり、イケメンは自分の顔面がいいことによって調子に乗り、結果として面白さを磨く努力をしていないのではないかということである。
だが、これは一つの要素としては考えられなくもないが、個人差が大きい。
これだけがイケメンがつまらない理由であるとすれば、調子に乗っていないイケメンは面白いはずである。
これだけではないはずだ。
もっと、根本的な笑いの仕組み自体に原因があるのではないか。
どうあがいても、イケメンでは面白くならない理由があるのではないか。
私はそう考えた。そしてある結論にたどり着く。
笑いスキマ理論
私はこの根本的な理由とやらを見つけようとし、ある疑問にぶつかる。
そもそも、笑いって1つじゃなくない?という疑問だ。
ここで冒頭で触れた笑いの違いの話にもつながってくる。
人に対しての笑いと、物・雰囲気に対する笑いは違うといった、あの話だ。
少し難しい言い方になるが、実は、人に対して笑う場合には笑う側にも選択が必要になってくるという性質がある。
君たちも目上の人の冗談で、笑えばいいのかどうか反応に困ったことはないだろうか。
あれのことである。
人に対して笑いを向けるということは言い換えれば人を笑うということなのである。
こう書くと、すごく悪いことのように聞こえてしまうだろう?
そう、ものに対してはいくら笑ってもトラブルが起きなかったものが、人となると別なのである。
例えば、上司のカツラが飛んだとしよう。
この現象がもし上司のジョークならば笑ってあげなければかわいそうだ。
が、もし偶然による事故にもかかわらず笑ってしまった場合には、カツラの次に飛ぶのはお前の首だろう。
このように人に対する笑いとは時に人を傷つけ、時に自分を不利な状況に落としてしまうこともある。
ここまで極端な例ではないにしろ、「これって笑うとこなのか?」と迷ったという経験は誰にでもあるだろう。
人を笑わせることはもちろん難しいことなのだが、人を笑うことも時として難しい作業であることがわかってもらえるかな。
で、カツラがイケメンのお笑いに何の関係があるんだということだが、実は、イケメンであるというその事実自体が上司のカツラ現象を引き起こしてしまうことがあるよという話なのである。
そもそも論にはなるが、イケメンというのは女性から見れば高根の花であり、女性はイケメンに気に入られたいと思うのがふつうである。
そして、結果としてイケメンは自分よりも上の存在だととらえているのである。
ではその状態の女性に向かって、イケメンがクールな顔をして渾身のボケを突っ込んだらどうなると思う?
そう、笑っていいのか分からなくなるのである。
つまり、イケメンがイケメンでありながら自分のボケをボケだと認識させることはかなり難易度とリスクの高い行為なのである。
では、顔は平均点以下の男(お前のことや)がさも面白いことをやるような顔をして、渾身の1発ギャグを披露したら?
これは明らかなボケであるし、「まあ最悪こいつなら嫌われてもいっか」という意識でおおいに笑うことができる。
この「普通、普通以下の顔」というスキマ、デメリットととらえる人も多いこの特徴こそが、親近感を抱かせ、ボケが許される土台を作り上げる最高の武器なのである。
逆にイケメンでも面白い人たちはなぜ面白さを維持できているのだろうか。
その特徴を見ていこう。
イケメンでも面白い、例外の人の特徴
まず平野紫耀。彼の特徴は何といってもその天然とおバカキャラだ。度を越したおバカ。たまに何も考えていない時すらあるだろう。
次にチュートリアル徳井。クールなように見えるが、実際は体を張ったり、アグレッシブなボケをすることも多く、代名詞ともいえるあのへんなダンスからはイケメンを維持しようなどという気持ちは微塵も感じられない。
最後が山田孝之。彼は何というかこう、独特な呼吸がある。ある意味変人であるだろうし、下ネタ、無茶ぶりウェルカムなタイプだ。
こうして「面白いイケメン」を並べてみると、何か共通することがないだろうか。
彼らの行動をブサイクに当てはめてみるとわかりやすいかもしれない。「ブサイクでおバカ」「ブサイクで謎のダンス」「ブサイクで下ネタ」見れたもんではないだろう。
そう、彼らの特徴は総じて「マイナス要素」なのだ。といっても彼らはイケメンなので、この特徴がマイナスとされることはあまりないが、フラットな目で見れば、まあ欠点といってもおかしくないような特徴である。
もうわかるかな?実はこの欠点があるからこそ彼らはイケメンでもなお面白いのである。
イケメンという事実によって上がったハードルを自ら下げることによって隙間を作り、笑いを差し込んでいるのだ。
そしてこれを続けることによって、「自分はイケメンだが面白いことを頻繁にします」というキャラクターを定着させることによって、面白いイケメンを作り上げていたのである。
あっぱれである。
これをされたら、正直我らフツメンに勝ち目はない。
しかし、しかしだ。冒頭でも言ったが、私は本当に面白いイケメンには出会ったことがない。
一般人のイケメンはここまでして笑いに走る理由がないし、こんなことしなくても、そもそも笑いなんぞ取れなくても十分にモテる。
だからやらない。だからいなかったのだ。ギャグセンスの高いイケメンが。
ここまで長々と説明してきたが、要約するとイケメンは基本性質として「面白くない」という欠点も装備しているということだ。
そして、顔面なんぞは3日で飽きが来るが、面白さというものは時間がたてばたつほど洗練されていき、増幅していく。
この記事では筆者が人生をかけて磨いてきた「面白さ」を作り出す神髄をできる限り、わかりやすくまとめた。
君は「笑いはセンスだ」と思いあきらめていたかもしれない。
しかし、私に言わせれば「お笑いのセンス」とはゴリゴリの理論に裏打ちされた確固たる技術体系である。
一朝一夕で身につくものではないかもしれないが、生まれた時から持っているものでもなかったはずだ。
この記事が少しでも君のセンスの源になってくれることを期待している。
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